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摂理に来て本当に良かったこと


摂理にいて、本当に良かったな@摂理の味 摂理に来て、本当に良かったな@摂理の味

摂理に来て何が良かったでしょうか?

人によって様々だと思いますが、私ならこう答えます。

「ひとりではない」

”ひとりではない”ということと”摂理”が何が関係しているでしょうか。
人生を生きていると、寂しくなりませんか?
私は寂しくなりました。生きていると、呼吸ができないくらい、寂しくて、むなしくて、孤独を感じることがありました。
それは、本当に耐えられない苦しみでした。
でも、私は仲が良い友達もいたし、大好きな家族もいました。隣には愛するおばあちゃんも住んでいます。
しかし、そんなにも恵まれた私も、ふとした瞬間孤独を感じました。
どういう孤独でしょうか。
「私のことをすべて知っている人がいない」という孤独でした。
人は、すべてを知ることはできません。どんなに愛する恋人だとしても、どうやってすべてを知ることができるでしょうか。
知っているようで、知らないことがたくさんあるでしょう。
少し対話をやめてみてください。対話をしないと、もうよく分からなくなります。

「ひとりではない」

摂理に来て本当にそう思ったのは、神様について正しく知ったからでした。
神様は私たちのことを本当に愛して、毎日”今”も、炎のような目で私を見てくださっています。
あなたを見てくださっています。見ているだけでしょうか?誰よりもその心を分かって顧みてくださいます。
そしておっしゃいます。

「私を呼びなさい。呼んだ瞬間、あなたのそばにいる」

私は驚きました。神様ってそんなに近いお方なのだろうかと。しかし神様は確かに近くにいらっしゃるのだと、今は確信して話せます。目で見て感じてみることはできないけれど、人間には五感六感があるというでしょう?感覚で感じます(笑)
やってみてください。呼んでみてください。そしたら本当に近くにいらっしゃる神様を感じるはずです。
感じるまでには、何度も何度も繰り返してやってみることだと、鄭明析先生はおっしゃいました。

「ひとりではない」のだと摂理で気が付くようになりました。
ずっと私にしかわからない悩みや、不安や憤りだと思っていましたが、そうではありませんでした。
私の心の状況すべて、神様が一番よくご存知でした。驚くほどこと細やかにご存知でした。
先生は、ご自身の生まれ育った環境に最も恵まれない方でした。しかし、その分神様にしがみつき、神様と深く向き合いました。
そして「たったひとり」山の奥で祈るようになりました。

しかし先生は決して「ひとり」ではありませんでした。
「神様がいつも共になさった」
先生はそう証します。私は息苦しかった心から解かれ、今ではいつも聖三位を呼んで、近くにしながら生きられるようになりました。人間はどんなに愛する人でも24時間ぴったりとくっついて生活はできませんよね(笑)しかし神様は24時間ずっと共にされます。人間にとって、どれほどものすごい祝福でしょうか?感じてみた方は、もう、離れられないと思います(笑)

深い孤独から抜け出してくださった聖三位と主に、心から感謝します(*^_^*)

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麦わら
東京都民。児童館で働く傍ら社会問題を勉強しながら作品「オヤビンとコブン」を書いています。子育て支援員。保育士や子育て教育支援カウンセラーを勉強中。お問い合わせ・感想はLINEでもどうぞ![プロフィール詳細はこちら]