鄭明析(チョン・ミョンソク)

麦わらさん
麦わらさん
ここでは鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師(以下:先生と略します)という方について
紹介していこうと思います^^

<目次>

・神様を愛する方
−劣悪な家庭環境

・愛を実践される方

・獄の中でも神様のことを伝えられた方

神様を愛する方

突然ですが「愛」ってなんだと思いますか…?

100人に聞けば100通りの答えが返ってきそうですよね…!

多くある答えの中で、
私は「相手を思いやること」だと答えます。

人は誰でも「自分のことを知ってほしい、認めてほしい」と思います。
私もそうです^^;

でも愛すると「相手のことを知りたい」と思いませんか?

では神様を愛するってどんな感じでしょうか・・・?

私が先生とお会いして思ったことがあります。

この方は誰よりも
相手(神様)のことを一番に考える人だ。

聖書には神様のことがたくさん書かれています。

・神様が愛して人間を創造したこと。
・愛して創造した人間が堕落してしまい悲しまれたこと。
・人間を救おうと決心されて歴史を広げられたこと。
・イエスを通して人間に神様の愛を伝えられたこと

2000年以上、聖書は多くの人に読まれ、
聖書を通して神様はひとりひとりに現れました。

でも、誰が神様の立場を分かろうとし、
その心に寄り添おうとし、

愛そうとしたでしょうか。

先生が一番、その愛を実践されました。

劣悪な家庭環境

先生がただ「神様を愛します!」と言って突然愛したのかというと、そうではありません。
まずは「自分の問題を解決したい」と思って神様を呼び求めました。

先生の家庭環境を簡単に項目にすると・・・

・食べるものがない(飢えの苦しみ)
・家がボロボロで寒さや暑さをしのげない。
・ノミなどの虫がうじゃうじゃいて眠れない
・お金がない・貧しい
・今を生きるためにひたすら労働(畑仕事等)
・山奥での生活(便利なものが近くにない、寂しい)

このような生活に先生は思います。

「私は何のために生きているのだろう?」

先生は生きる虚しさを感じるしかなかったと話します。
いつしか苦しい生活から抜け出したくて、神様を呼び求めるようになりました。

先生は現実の苦しさに直面する度に、何度も自殺を図りました。

しかしその度にイエス様が現れておっしゃったそうです。

「私があなた達のために死ぬことまでしたのに、
あなた達は私のために生きてくれることをしないのか」

過酷な環境の中でも、イエス様の愛を知り、いつしかイエス様を、神様を愛したくなったそうです。

 

愛を実践される方

「愛を実践する」ってどんなことを想像されますか?

人は誰かを愛したら、助けたいと思うし、何かしてあげたいと思うし、喜んでいる顔が見たいと思うし、励まして力を与えたいと思いますよね。

先生はそのような方です。

神様についてひとつひとつ学ぶようになった先生は、まず、
神様に対してこのような思いで接しました。

・神様、今何をお考えですか?
・神様、今何をしてほしいですか?
・あの場所に行って神様のことを伝えましょうか?
・胸がスッキリするようにしてさしあげます!
・神様、感謝します!このようにしてくださったことに感謝します…。

先生が神様を愛する姿勢は、まるで恋人を愛するように、
大切に、真心を込められます。

それを人に対して同じくなさるのが先生です。

・痛いところがあるのか?私がお祈りしよう。
・お腹はすいていないのか?食べていきなさい。
・困っていることはないのか?私が聞いてあげる。神様にもすべて話していきなさい。
・一緒にスポーツをしよう!神様に栄光を帰しよう!
・諦めるな。最後までやれば必ずできる。

このような言葉をかけながら、一緒に食べて、スポーツもして、歌も歌って、
踊りも踊って、みんなの気持ちを汲んで、<いつも共に>してくださいました。

それは簡単にできることではないと思います。
一国の王や大統領も、国民の中に入ってそのようにすることは難しいです。
ですが、先生はいつもみんなを喜ばせ、辛い時には慰め、愛してくださいました。

異性同士がするような愛ではありません。

2000年前イエス様が、貧しくて人々から見向きもされないような人たちの中に入って、
一緒に食事もし、助けになってあげ、病気を治してあげ、いつも共にされたように、
そのような愛を先生は実践されました。

獄の中でも神様のことを伝えられた方

最後に伝えたい先生の姿です。

私は先生が裁判で有罪の判決を受けて、獄の中にいるときに
御言葉を聞き始めました。

先生がどんな罪でその場所に入られたのかも分かって
かれこれもう7年ほど摂理に通っています。

なぜ犯罪を犯した人のもとで学ぶのか?

その罪が本当か嘘か、
現場にいるほど明確だったんです。

一般的には語られない先生の真実な姿を
現場にいたからこそ分かるようになりました。

先生は獄中の中にいても、ひたすら神様を愛して、
私達ひとりひとりを愛したんです。

地震が起こったときにはいち早く、
・みんな無事なのか?
・困っていることはないのか?

と気にされ「神様が共にするから大丈夫だ」と励ましていました。

また、毎日御言葉が聞けるように、神様の愛を伝えられ、
朝晩徹してお祈りをされました。

罪を犯す人がそのように生きれるでしょうか?

絶対にできないと思います。

私は会社の交通費をちょっと上乗せして請求しちゃったときも良心が痛くて、
ずっと心配する人です・・・笑

ましてや人を殺め、強姦し、暴行し、そのようにして犯罪を犯した人が、
どうやって神様の愛を伝えられることができるでしょうか・・・?

私だったら自分の心配ばかりすると思います。
将来に対する絶望。孤独。悩み。

人を愛そう、神様を愛そうなんて考えもしないと思います。

精神が破壊された狂人者であればできるでしょうか?
そうだとしてもできないと思います。

誰かを「愛する」ということは難しいです。
一方通行だとだめだから。
その愛が相手に「伝わる」ためには、真実でなければならないからです。

私だけでなく多くの人が先生が獄中にいる中で御言葉を聞きました。
その時、先生を通して神様の愛が伝わったから、今も聞き続けているんだと思います。

■他に私が書いた先生に関する記事はこちらからどうぞ^^

鄭明析牧師公式サイト「His Life」