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心のよりどころ、みんな探している


Patrizia08 / Pixabay

 

心のよりどころを、探したことはありますか。

麦わらさんもたくさんあります。

とくに大学時代は、しょっちゅう探していました。

ところが、あんまり心がよれるところがなかったのです。

心「おじゃましま〜す」

拠り所「おう、どないしたん」

心「ちょっと、最近」

拠り所「おうそないなことよりも、わし面白い話聞かせたろか」

心「え、なんですか?」

拠り所「昨日ついに便秘抜けだしたん」

心「おめでとうございます」

まあ、そんな感じでした。

ほぼ伝わらないと思いますが、なんというのでしょう。
人に話しても、その人が解決してくれるわけではありません。
その人にも悩みがあり、解決したいことがありますから、100%完全に寄り添える人がいないんですね。
また、自分のこんな話、話しても、負担だろうなあと考えて、言えないことが多いのです。

拠り所が人でない方もいらっしゃると思います。

映画を見る時、癒やしの時間を持つ時、趣味の時間、食べる時間、
海を眺める、運動する、買い物をする、お金を稼ぐ、サークル、部活、勉強

この時この瞬間、拠り所となるものならきっとたくさんあると思うのです。

でも大変なときは、瞬間ではない苦痛を受ける時。

私にとっては、記事に散々書き散らしていますが、やはり
「虚しさ」でした。
また、漠然とした「毎日」でした。

年々、生きるごとに「一体自分はどうして生きているのだろう」
「なんで善良な人がとんでもない事件に巻き込まれて死ぬのだろう」
「生きている意味ってなんだろうか」

などなど考えました。
平和のようだけれども、平和ではない、
「冷戦」という言葉が浮かぶような日々が繰り返されているなと思いました。

そこに私は「愛」を求めていたし、
「その愛が死なないでいたらどんなにいいのだろう」
と無意識に考えていました。

「永遠にこの時間が続いたらいいのになあ。どうして死は存在するんだろうなあ」

動物たちも植物たちも生きているのにこんな考えはしないのに、
どうして人間はこんな考えをしなくてはいけないのだろう。
この考えのせいで、むしろ苦痛を受けている。

とありとあらゆることを考えました。
それを上手く文章にしてみようと、小説を書いたり、シナリオを書いたりしました。

聖書を学ぶようになって、まず初めに解けたのはこのことでした。

「心の拠り所」
「虚しさ」

ジャストミートです。
もし私と同じ悩みをお持ちの方がいましたら、
まず聖書の「伝道の書」から読んでみてください。私すごい好きでした。
そしてそこに答えがあり、摂理で御言葉を聞いて、さらに「Ah-han」となりました。

心の拠り所は、一言で言えば、神様です ^^

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麦わら
東京都民。児童館で働く傍ら社会問題を勉強しながら作品「オヤビンとコブン」を書いています。子育て支援員。保育士や子育て教育支援カウンセラーを勉強中。お問い合わせ・感想はLINEでもどうぞ![プロフィール詳細はこちら]