ぬるいっていいことがあまりない。
「これからは生ぬるく生きてはならない」
「熱いか冷たいかにしよう」
ぬるいって、非常に中途半端ですよね。
ぬるいっていうと、何をイメージしますか?
お湯がぬるい
お湯。お湯がぬるいと、ただぬるいだけで、何かを生み出すことができません。
熱ければ、野菜を柔らかくし、レトルト食品を解かし、煮込み料理もできます。
ぬるいお茶よりも熱いお茶が飲んでて、「ぷは~」てなります。ぬるいと、「うん」てなります。
ぬるいお茶は捨てたくなりますね。冷たければそれはそれでおいしいのに、ぬるいと捨てたくなります。
また、ぬるいお風呂に入ってみたときの、あの空虚な心・・・・。
感じた事ありますか?
肌にびりびりするようなお湯を期待して入ったら、適温以下のあの、寒いんだか温かいんだかの境目。ずっと入っていると、むしろ寒さを感じます。入浴後も、「お風呂入ったっけ?」てなりせんか。入ったのに入ってないような感じですよね。
心がぬるい
ぬるい心というのが、一番もったいないことだと思います。
こんな人に会いました。
「変わりたいんです。でも恐いんです」
「変わりたいんです。でもできないかも」
誰でもみんな「変わりたい」と願ってはいるんです。しかし、どれくらい本気で「変わりたい」のかで、機会を掴む人と、掴まない人かに分かれるのだなと思いました。
変わりたいのに、一歩踏み出しきれない人。変わりたいのに、あきらめてしまう人。
熱い心に自ら水をかけるようにして、その位置から動けなくさせています。
しかし全てのことはやってみなければ分かりません。
鄭明析(チョンミョンソク)先生は、すべてのことを「熱い精神」によって解決してきました。
絵を描くことも、人前で話すことも、スポーツすることも、決して自ら「無理だ」「できない」と言ってあきらめませんでした。
「やるならできるまでやる」「最後までやる」
このような熱い精神で実際に行うから、結局すべてのものを治めてしまいました。
「考えの強度を上げなさい」
「考えの熱を上げなさい」
この一言、私も何度も自分に問いかけて、生ぬるい精神を抜け出していきたいです!熱い精神よ甦れ~~~