鄭明析(チョンミョンソク)先生はどういう方でしょうか?
世の中の偉い人たちって、ものすごい努力をした方ですよね。
中にはそうでない方もいるかもしれませんが、f^_^;))
会社の社長や、一国の大統領なんかは
普通に生きていたのでは、その位置にはいけません。
ところで(`・ω・´)
大統領に足を揉んでもらったことはありますか?
恐れ多い(# ゚Д゚)!!
そうですね。
でももし実際に自分の足が痛いとき揉んで下さったら、
とても人格的な方だな(*´?`*)
と思いませんか。
私たちは先生のことを鄭明析牧師。
親しく「先生(ソンセンニム)」と呼んでいます。
先生は私たちと一緒にサッカーをしてくださいました。
私は共にしたことはありませんが、
当時一緒にいた人たちは話してくれます。
先生は「足が痛い」と言う人には
足を揉んでくださったそうです。
また、腰が曲がっている人には矯正してくださり、
私たちに低い姿勢で接してくださいました。
会社の部長だって、部下にそのようにしませんよね。
それだけ見ても、先生の人格の大きさを感じます。
2000年前、イエス様もどんな人に対しても
寛大な愛で接しました。
当時女性たちは
「人間扱い」をされて
いなかったそうです。
なんと家畜以下だそうです。
しかし歴史を見ると、昔はどこの国も
そんな感じですよねT_T
ヨハネによる福音書
8章3節から11節にかけて…
姦淫の罪で引っ張り出された女性が、その罪で
律法に従って石打ちで殺されそうになる場面があります。
しかしその罪を犯したのは当然女性だけではありませんね。
もちろん男性だって罪を犯したはずです。
けれども引っ張り出されたのは
「女性」だけでした。(*TーT)
このようにして低く扱われる女性に大しても
イエス様は「人間」として、「愛」で接しました。
5人の夫を持つサマリアの女は娼婦として
人々から汚らわしい目で見られていました。
人間以下。
家畜以下も同然です。
けれどもイエス様はそんな女性に近づいて
福音を述べ伝えました。
神様の愛を伝えました。
そして愛に飢えていたサマリアの女は
根本的な愛の問題を解決するようになりました。
しかし(´-ι_-`)
それを見ていたユダヤ人たちはイエス様を見て、
「娼婦に声をかけた」と分かって
イエス様をまるで性犯罪者のように汚れた目で見ました。
結局目で見たとおりに判断したから
神様が遣わしたその方を
誤解してしまいました。
そして彼らが一番待っていたその方を
無知で十字架にかけて殺しました。
ユダヤ人たちの考えが実際のイエス様の姿と異なったように、
人々の先生に対する考え方も
実際とは異なります。
インターネットの言葉ばかりを見て
信じるなら目で見たとおりに判断した
ユダヤ人たちとなんら変わらないと思います
まだ幼かった先生は、ホームレスのような人を
家に連れてきて服を着させ、食べ物を食べさせました。
イエス様の愛を実践し、
「愛」で接し、
「人間」として接しました。
先生のご家族が本当にびっくりされたみたいで。
私たちにこの話をしてくださいました。
私たちは駅で横たわる人を見てもただ通り過ぎるだけで何もしないじゃないですか。
先生はイエス様が大好きでその方の愛を実践した方なんです。
先生の愛を肉体的な愛で見てはいけません。
そのような愛で見ると
誤解してしまいます。
私も少しずつ少しずつ
主のような「愛」の実践を
がんばっていきます・・・!!