熱心に生きるとはどういうことでしょうか。
熱い心と書いて「熱心」
私はなんというか
この言葉を見ると
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
と熱烈に熱く!行う姿が思い浮かびます。
しかし冷静になって辞書を引いてみるとこう出てきます。
1.物事に情熱を込めて打ちこむこと。
2.心を込めて一生懸命すること
by大辞林
なるほど・・・決して「うおおおおお!」という感じではないのですね。
情熱を込めて、心を込めて、行うさまを「熱心」と呼ぶのだそうです。
実は日本語の「真心」と似たようなニュアンスなのかもしれないですね。
今は極的に熱く!熱心に行おう!
と出たならば、ただ汗がだらだら忙しくてハアハア(;O;)ではなくて、
どれくらい一生懸命に、心を込めて生きたか、
なんですね・・・。
会社のなかでも、勉強するなかでも、何をするにしても
どれくらいの真心と情熱を注ぎながら行えたでしょうか。
最後まで心を込めて行ったものは未練がありませんよね。
先生はいつも未練なく情熱的に毎日を過ごしているからすごいなと思います。
いつも情熱的に行える「仕事(事)」があるのも、幸せですよね。
毎瞬間毎瞬間の貴重なひととき、
この価値がもっとわかるならば、もっと未練なく行う人生になるのかなあ。
私も日々振り返っては、今日一日何をしてこれたのだろうかと深く考えます。
少し話が変わるのですが・・・
一緒に仕事をしている同僚の子は、最近ゲームにはまったり、ダーツにはまったりしているそうなんですが、
なぜか自分で「わたしって腐ってますよね」と言います。
どうして自分で「腐っている」という感覚で過ごしているのに、
その子はそこから抜け出せないのだろうかと、考えます。
「それでいいの?今でも良いかなって思う?」ときくと
「まあいいかなって感じです」と答えます。
その生に満足したら、なかなか抜け出すことができません。
もっと良い生があったとしても、「私もそのように生きたいな」とだけ話して、なかなか変わりません。
熱心に生きようとする心を取り戻さないとですね!!
また、ひとつでもいいから熱心に行った時に、始動がかかるのではないでしょうか。
自分で「ああ自分は腐った生を生きている」そう思いながら生きるよりも、
「ああ私は毎日に未練なく生きている」そう言える人生になりたいです!
いつの間にかこんな時間ですが・・・
明日も朝から熱心に、感謝して生きられますように!!