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先生とおばあちゃんから学んだ「私は幸せだ」

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大好きなおばあちゃん@摂理の味

大好きなおばあちゃん@摂理の味

 

今日は久しぶりにおばあちゃんを夕食に招いてご飯をしました。

おばあちゃんのことは以前も書きましたが、
やはり変わらず穏やかで、にこにこしていて、かわいくて、同じことを何度も話して笑
そしていつも口癖のように「私は幸せだ」と言います。

今日はスマホを見せながらお姉ちゃんの子供の写真と動画を見せました。
おばあちゃんはスマホをいじる私をみながら
「うわ~すごい!これ大きくなるの?」と言って、拡大縮小する私の指を不思議そうに見つめていました。

おばあちゃんも試しに指を画面にあてて、拡大縮小をやってみていましたが、
「大きくなれ!わ!大きくなった!」と言って喜んでいました。
そして、「めんこいめんこい」と言いながらかわいい孫たちの頭を画面でなでなでしていました。

次に動画を見せました。
するとおばあちゃん、「わ~!」ととても驚いて、
「こうやって写真が動くなんてねえ。こんな風に発達した時代を過ごせてわたしも幸せだねえ」と話していました。

そしてまたかわいい孫たちを見て、
「長生きしてよかった。私は幸せだね」と言いました。

そんな風に話すおばあちゃんを見て、私はおばあちゃん以上にどれくらい「私は幸せだ」と言えただろうなと思います。
おばあちゃんは健康なだけでも「幸せ」というし、
孫のかわいい姿を見るだけでも「幸せ」というし、
家族と笑いあって過ごすひと時を「幸せ」といいます。

おばあちゃんには私よりも幸せなことが多そうに感じました。
なぜでしょう?
いつも感謝して、喜んで、幸せだと話すから、もっと幸せが共にしているみたいでした。

先生もいつもそうです。
「私は幸せだ」「神様が共にしてくれるから幸せだ」
「みんながいるから幸せだ」「健康な体が幸せだ」
いつ何時、何があっても「私は幸せだ」そのように話す先生です。

たとえ私よりも不幸な人が隣にいても、その人が毎日「幸せだ」と叫ぶならば
その人のほうが幸せに見えます。
私はもっと幸せなことがたくさんあるのに、うまくできないこと、思い通りにいかないこと、毎日の些細なことで
ため息をついて、苦しみ、つらく思います。とても幸せなのに、幸せなことに気づかない人生が、もっとも不幸です。

先生とおばあちゃんに学んで、もっと幸せだとうれしく喜んで生きたい!生きよう!
そのように感じる時間を持てました。本当に感謝します。
やろうと決心すれば、簡単に動ける体があることにも感謝ですよね。感謝感謝感謝。
感謝して幸せをたくさん見つけてより次元を上げた人生にしていきたいです。

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