姿勢を正しながら文章を打っていますが、すぐに姿勢がもとに戻る麦わらです(T_T)
姿勢を正して腰も背中もすっと立ててみると、パソコンの画面の見える位置がいつもより高くなって、画面の角度を動かすことになります。ちょっとのことですが、姿勢を正すだけで見え方が変わるみたい。
先生は姿勢の話をされながら、このように信仰も崩していると、心にも考えにも魂にも霊にも悪い影響が出るとおっしゃいました。
姿勢を正して生きる人よりも、姿勢を崩して自由にする人の方が多いです。でも崩す状態を続けると猫背になるし、腰が痛いし、肩が痛いし、首も痛くなりますよね。私はすでにめちゃ猫背です。。。
メンバーに以前「麦わらさん椅子に座っていると小さく見える」と言われたことがあります。
「え!?どういうことです!?」と思ったら、どうも猫背になっていたみたいで、背中がまるまって小さく見えたそうです^^;それ以来意識して背中をまっすぐにしようと思っていましたが、もう丸まっています・・・。
猫背って楽なんですよね。でも見た目はかっこ悪いです。私が猫だったら普通ですが、人間だから猫背が似合いません。でもスマホ時代によって、普段からスマホの画面を眺め見る生活が続いていることも影響してか、首を手前に出してしまう癖がついてしまっているみたいです。
いざ姿勢を正す状態をキープすると、背中がヒシヒシと痛いです。正しい状態にして痛くなるんだから、きっととても曲がっていたのでしょう・・・涙
さて先生はこの話をされながらおっしゃいました。
悪い姿勢はその時は楽だけれども、あとになって様々に悪い影響が出てくる、と。
なんか、こういう話って全部共通してますよね。人間が良心的には「これは良くないだろうけれども楽したいからやりたい」と思うものの共通点、ほとんどコレです。
「今は楽だけど、あとが辛い」
これは真理だと思います笑
お酒もタバコも麻薬も姿勢も辛すぎるものとか健康に害を及ぼすものなど、悪いと分かっていながらやってしまうものの共通点。「今は楽だけど、あとが辛い」
でも神様が正しいと思うものの共通点はほとんどこれです。
「今は辛いけど、あとが良い」
本当に良いものって何でしょうか。
それは結果に現れます。過程の中では分かりませんが、最後が「良い」ものが神様から見ても「良い」とするものが多いような気がします。
健康のために運動しなさい、と先生もおっしゃいますが、先生はその通りに日々走られ運動します。だから今、年齢を重ねられても、大変な環境の中にいても、健康を維持されています。運動するときは大変な思いをしますが、結果的には健康体を得ることができるから良いことです。
でも運動しないで、体に悪いものばかり取り入れる生活をしていたら、そのときは自分の好きなことをするから楽ですが、いつか病気になって害を受けるようになります。こういう話はドラマでもニュースでも社会で生きる中でもたくさん聞く話ですが、分かって直せる人が少ないのです・・・。私も未だに走ることを体質化できていないません。直すことって中々すぐにできないです・・・。
でも結果的に悪いのであれば、やらないのが知恵です。
さあすでに私の腰も正しい姿勢が辛くて曲がってきました笑
今は楽でも将来はどうなのか、そういう考え方を自分の中に取り入れていかないとなと書きながら感じました。
仕事や学校や家で行うその行動・・・結果がもし「悪い結果になりそう」なら一度考えてみてください。もし悪い結果が思い浮かぶのなら、冷静に判断しないといけません。短い人生ですから、悪い結果ではなく良い結果に繋がる行動をして、時間を過ごしたいです。