共同生活(ルームシェア)って憧れますか?
私はあまり憧れたことがありません(笑)
というのは、「一人」が好きだからです・・・^^;
大学生のときも、摂理に来る前から一人が好きでした。友達と一緒に遊ぶこともしていましたが、一人でブックオフに行くのも好きでしたし、一人でドトールにもよく行きました。なんでもやりたがり屋の麦わらさんは、一人部屋でなければ、きっと迷惑しかかけない存在だと思います・・・汗
「麦わらさん、今度は何買ったの?」
「カホン(2台目)」
「それ叩くの?」
「・・・・(ダメ?)」
みたいなことになりそう!笑 まあ、教会で叩けばいいんですが・・・笑
一人部屋があることに本当に感謝だなと思いました。
そんな麦わらさんも「共同生活(ルームシェア)っていいな!」と思うことがありました。そう思ったのは摂理メンバーと出会ってから。
今日は<摂理de共同生活(ルームシェア)>というテーマで様々に語ろうかと思っております。
摂理で共同生活て義務なの?
まず摂理で共同生活するのは義務なの?原則なの!?という質問が(あるか分かりませんが)答えます!
NOです!
原則はありません。自由に選べます^^
私の教会のメンバーには実家の人もいれば、一人暮らしの方も多いです。
共同生活(ルームシェア)をしている人も何人かいます。どれがいいとかはありませんよね。
実家はやはり親の存在がとても大きいですし、一人暮らしは自由ですが自己責任が伴いますし、一緒に住むとなるとお互いに配慮する必要もあるし、、でも支え合うこともできるのはいいことですよね^^
だから一長一短だなあって思います。
共同生活をしている摂理メンバー宅におじゃまして尊敬した話
私は実家から教会に通っていますが、時々ルームシェアをしているメンバーの家に泊まらせていただくことがあります。
”泊まる側”としては「おじゃまします〜」と扉を開いて、一晩過ごすだけですが、”泊まらせる側”は泊まる人のためにいろいろと準備してくださいます。
まずは「布団」
住んでいる方以外の分の布団を確保しなければなりません。
冬場は寒いだろうから毛布と分厚い布団と2枚用意してくださいます。
私は「そんなに大丈夫ですよ(*´Д`;)!」と話しても、私の体調を気遣って寝るスペースまで確保してくださり、布団を用意してくださいます。
本当に感謝だなと思いました。
次に「お風呂場」
ルームシェアしているメンバーによっては、合うシャンプー合わないシャンプー、愛用しているシャンプーなどありますよね。
そういうお互いの生活文化を理解することもしながら、泊まる人の分のシャンプーも気にかけてくださるメンバーもいます。
一人で住んでいるなら、そういうこと気にする必要もなく、好きなものを揃えたらいいです。
でも、ルームシェアされている方同士、お互いの文化を理解しながら、調和して共同生活をされるというのは決して簡単なことではないなと感じます。
そして「お掃除」
と、思ったのですが、メンバーのお部屋、とてもきれいなんですよね^^; 私の部屋は見せられません。(でも昔よりはきれいに…)
いつも綺麗に、マメにクイックルワイパーで掃除するメンバーを見ると、刺激を受けます・・・(がんばります主よ)
より人を迎える側としてのメンバーの姿を書きましたが、普段ルームシェアをすることも本当に尊敬しちゃいます。
何より「信仰」を持っているという点でも、共同生活ってとても鍛えられる面もあるんじゃないかなあって個人的には思うのです。
お互いのことを分かって、率先して料理をつくる人もいますし、仕事が忙しくて遅くに帰ってくるメンバーを支えようとする人もいますし、一緒に生活をしながら助け合い、学び合います。でもときには心が合わなくて辛くなることもあります。
それでも摂理メンバーの素敵なところは、お互いのことを分かり合おうとし、支え合おうとする姿勢です。
私もたくさん助けられました。ルームシェアをするメンバーを通して、どれほど恵みを受けたか分かりません(T_T)
最後に、共同生活(ルームシェア)を考えて、一番最初に思い浮かぶ聖句を書きます。
信じた者の群れは、心を一つにし思いを一つにして、だれひとりその持ち物を自分のものだと主張する者がなく、いっさいの物を共有にしていた。(使徒行伝4:32)
ここ、読んですごい感動したんですよね・・・。
いっさいの物を共有していたって・・・。すごいことだなって思いました。
イエス様が亡くなって、どうしたらいいのか分からない弟子たちに、神様は聖霊を注がれました。その後すぐに書いてある聖句がこれなんです。
みんな心をひとつにして、自分のものもみんなと一緒に使いながら、支え合って生きていたんだなあって思いました。
イエス様が本当に願っていた隣人愛、兄弟愛を成しながら生きていたんだなあって。。
2000年前の当時、もっとも迫害が多くて肩身が狭い思いをしていた信仰者たちが、みんなで共有しながら、心を慰めあいながら、がんばっていたんだなあって思うと、胸がじーんとします。
摂理メンバーもそうです。完全ではなくても、お互いにわかりあい、支え合おうとするメンバーがほとんどです。
本当に尊敬する一人ひとりだなと思います^^