信仰のもがき

自分の個性を認めたら「疎外感」はなくなる


私の内側にまだまだ悪くて陰険な性格があるんだなと感じている麦わらです。

皆さん疎外感を感じたことはありますか・・・?

私はあります!最近もちょーーっとしたことで、自分の心が「しゅん」と小さくなり「自分、いらんかな」とか思う瞬間があったんですよね。うわあ・・まだいたかちみ、みたいな気持ちで、祈りました。

「この疎外感をなくしたいです。この性格があるから、いつまでも天をハラハラさせてしまうし、誤解に繋がります。なんとしてもなくさなければいけません」

そうしていて朝の御言葉を聞いてはっ!としました。それが答えだと思ったんです。

<個性>は多様だ。

環境と位置と用途によって、ダムも、川も、小川も、湖も、池もすべて絶対に必要だ。

その位置にふさわしい「個性の王」だ。(鄭明析先生の御言葉)

どうして疎外感を抱いてしまうのでしょうか・・・。それは自分の存在が周りより小さく感じたり、比較して自分の方がよくできてないと思ったり、評価されたりしたときに疎外感を感じます。

でも「自分という個性」が全体から見たときに「絶対に必要だ」ということが分かったら、どうして疎外感を抱くでしょうか・・・?

いつだって疎外感は「自己卑下」から来ます。自分なんて、あの人に比べたら、ここにいる意味があるのかな、とか、そういう消えたい気持ちが強くて感じてしまいがちです・・・。

また「あの人は自分よりも○○を愛しているんだ」と思う気持ちが疎外感を生み出します。

サタン(悪魔)の始まりは、天使の『妬み・嫉妬・疎外感』から来たと聖書を学んで知りました。「神様が天使よりも人間の方を愛している」と比較して間違った考えをしてしまったのです・・・。

天使の価値、自分の価値を分かっていたら、絶対にそのようには思わなかったはずです。

人間同士もそうです。

自分の個性の価値がわかったから、もう疎外感なんて抱きません〜!

 

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麦わら
東京都民。児童館で働く傍ら社会問題を勉強しながら作品「オヤビンとコブン」を書いています。子育て支援員。保育士や子育て教育支援カウンセラーを勉強中。お問い合わせ・感想はLINEでもどうぞ![プロフィール詳細はこちら]