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デカルトと一緒に考える。「自分」って何?【摂理de雑談】

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デカルトさんの
「我思うゆえに我あり」
って知ってますか?

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我、思うゆえに我あり
by waffle
大学の哲学の授業に、突如として現れたデカルトさんでしたが、
我思うゆえに我あり、は非常に印象に残る話でした。
たとえば、
「自分を含めたここにあるすべてが虚偽の世界ではないか?
実は何も存在しない世界なんじゃないか?」

と疑ってみるとしましょう。
しかし…
そのように考えている
「自分自身」は
存在しています。

自分自身の存在は絶対に否定できないのです。

胸が張り裂けるほど
「自分は存在しない!!」と自己認識したとしても、
その考えをした「あなた」は存在するのです。
自己について定式化したデカルトの有名な哲学でした。
当時、
ややっこしいわ; ̄ロ ̄)!!!!
と思う”我”でしたが、
「自分」という存在について
よく考えていました。

私はどうして生きているんだろう?
食べるためでしょうか?仕事をするためでしょうか?それともお金を稼ぐため?
有名になるため?恋人と愛し合うためでしょうか?
これらのものを目的に置いて生きてみた人は、いつか熱が冷めるとこれが本当の「幸せ」なんだろうか?と言います。
実はこのように生きることは動物でもできてしまうのです。
動物も食べるし、仕事(狩など)するし、お金(=食べ物)を得るし、
人間に恐れられて、名を残す動物はいるし、
(ただし自らなろうとしてなった動物はいないですが)メスとオスで愛しあって生きるし。
このように生きたら、動物たちは満足するでしょう。

しかし人間は満足しません。
人間と動物は何が違うでしょうか?
たとえば動物がカルトをつくったり、教団をつくるでしょうか?
ビルを建築したり、生花をするでしょうか?憎しみを抱いて戦争し、
平和になろうと叫ぶでしょうか?

また、
動物が自殺をしたことがあるでしょうか?

動物はしません。
「人間」だけです。

「私」という存在について、
こうも深く考えることができるのは
「人間」だけです。

IMG_7892
私は横浜で「Orbi」に行ってきたことがあるのですが、
そこで象の一生を体験して来ました。
どんな生活だったかというと、
ひたすら「水を求めてさまよう」生活だったのです。
それがエンドレス(一生)です。衝撃を受けました…。
「水」を得るためにひたすら自然の苦痛に耐え、
子供を産み、育て、守り、飢えて死にそうになりながらも、水がある場所へと荒野をさまようのです。これが象さんの生きる目的です。
もし象が人間のように「わたしは何のために生きているのだろうか?」
と考えたとしたら、絶望的でしょう。「ああ、私は永遠に水を求めてさまよう人生だったのか!!」とわかったならば、それこそ自殺するでしょう。でも象はそんなこと考えません。(Orbiめっちゃおすすめですよ!!)
自分について考え、自分の存在について考えるのは
人間だけなのです。
「我思うゆえに我あり」その続きがあるとすれば「ならばなぜ我は存在するのか?」
この問題は人間が解決できるのではなく、神様が解決してくれます。
真理によって、解決します。御言葉が全部答えです!!
子供が分からないことは、大人に聞いてみたら分かるように、
人間に分からないことは、人間以上の存在に聞いてみて
はじめて解決します!
神様がずっと聞いてくれるのを
今も待っています。

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麦わら

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麦わらです^^
イラストと音楽が好きです。好きな楽器はカホンです^^
芸術っていいですよね。絵も音楽もあるだけで、人生が楽しく、豊かになります。好きな食べ物はお寿司系、卵系、大戸屋系。バランスの良い食事を心がけてます。ゆっくりしてくださいね〜。

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