麦わら日記

20代 最後の日もやっぱり対話でした


ついにやってきました。
20代最後の日です。

今日は父の病院の付添をしたのですが、
近くにとても経緯ある場所があったので帰りに寄ることにしました。

本来であれば診療が早めに終わって地元近くにある美味しいカレー屋さんに行く予定だったんですが…想像以上に検査が長引いてしまい、近くの海鮮料理屋に(それはそれでめちゃうれしい…)

…ということで寄る予定はまったくなかった中で来るようになりました。
でもきっと意味があって誕生日の前日に立ち寄れるようにしてくださったんだと思います。

…どうしてここが経緯の場所か
これまた詳しいことは割愛しますが、ここでは多くの神様との面白いストーリーがあります。

そして私にとっては、以前とある場所から眺めた夜景と同じくらい衝撃を受けた場所であり、未だに自分の中で、見せられたスケールの大きさを消化できずにいます。

なので、御言葉で「悟りなさい」と言われている週にこの場所に来れたのは
とても大きなことだと思います…

 

20代も最後となりました。

振り返ってみれば、20代のはじめに摂理に来るようになり、あっという間に8年ほど経ってしまったのですね…

つまり20代のほとんどは神様を信じて生きてきた、ということになります。

私の中にあるいろんな才能や個性を、たくさんたくさん見つけられるようになった
20代だったと思います。
そして見つけた才能と個性を今もフルで活用しているのだから、なんて幸せな人でしょう。

…本当に幸せ者だと思います。

 

ところが、この経緯ある場所で景色を眺めているときは
なんともいえない自分のちっぽけさを感じたのです。

奥にたくさんのビルが建っているんですが…
それを見ていると、相変わらず「自分に何ができるんだろうか」と考えてしまうんです。

人って不思議です。
どんなに隣でものすごく励ます人がいるんだとしても
自分が受け入れなければ全然心に入ってこない。

それは信仰を持っても同じで
どんなに全能なる神様が「できる!」「私が共にする!」と言っても
自分が受け入れなければ、その大きな恵みを受け取れきれないんです。

私はですね、この場所で
あまりにも大きすぎるほどに
その神様の熱い愛と、恵みを受けて、笑いが止まらないほど面白いものを
見たのですが、
その愛と恵みを受け止めきれていない自分もいたんですね。

自分自身の存在が貴重だとわかっているけれども
やっぱり神様が見ている分だけはわからないんだということを
身に沁みて感じるんです。

よく摂理では”悟る”という言葉が出てきますが…
イコール「認める」という言葉でも当てはめることができるんですが…

認めるって、やはり簡単なことではないんだなあとも
感じてしまいます。

しかし、今日はですね、そんな認めきれない自分の素直な気持ちを
(周りに人がいないことをいいことに)全部口に出して言ったんです。

「神様、本当に苦しみは解けたんですか???」

「神様、どうしてここであんなものを見せてくださったんですか???」

「私はこれこれこういう流れでこういうことになってこうなったのは本当に自分の考えではなかったんですけど、こうなってしまって…」

などとぐちぐちぐちぐち話しました。

一時間なんかあっという間でした。気づいたら帰ろうと思っていた時間になってしまいましたが、神様にあーだこーだ話していると、不思議と泣けちゃうんですね。
涙が出てきちゃって…そして心で浮かんでくる言葉がもうまた泣けちゃって…

自分一人では絶対そうは思わない考えが浮かんでくるというのが、
不思議だけれどもすごく納得する言葉の数々で
結局納得してしまったんです…笑

 

ちなみにお涙を拭くためにリュックを漁ったらやっぱり

虹だね…

 

 

そういえば私の信仰生活はひたすらこれ(対話)の連続だったなあって思います。

私は根がひねてしまっていたので、最初、心から信仰を持つことがとても大変でした。
信じているようで、信じられていない、そんな自分を見るたびに、
本当の自分と向き合うようで辛さもありました。
(それは今も同じです)

しかしその度に、素直に感じてきた自分の心をみんな神様に打ち明けてきました。
その打ち明ける連続…毎日を積み重ねた結果、
ひねてた心がまっすぐ伸びてしまったんですね。

今は恐ろしいほどまっすぐな自分に、違うもがきが生じます…笑
もう30になるのに、どうしてこんなに子供っぽい心が生じてしまうのかと、
幻滅することもあります。

素直すぎて、おかしいなと思うとすぐ顔に出たり、
言葉にしちゃうのが難点ですね…^^;
まあ、いいところでもあるんですが…

…なんにせよ、本当に多くの経緯が溢れた20代となりました。
今後の人生と取り替えよと言われても、絶対に取り替えたくない経緯ばかりです。
それくらい、大事な20代だったと告白します。

目に見えるような大きな成功はまだないかもしれない
でも、神様が共にしてくださる人生ならば、私はすでに大きな成功を成せたと言えるんだと思います。

結局今日もそうでした。
多くの質問に神様がくださった考えには、いつも
「神様ありき」な回答があったんです。

どういう意味か
縮小して話すと…

 

 

一人で生きるのでは難しいけれども
私が共にすれば大丈夫だろう??

 

 

そいういうことですよね、神様…

 

そんなこんなで20代最後の日記を書きました。
あまりにも多すぎる経緯をすべてまとめることはできませんが、
ただひたすらに、感謝感謝…また感謝です…

これから30代なんてまったく考えられませんが
年齢気にせず続けてやろうと決めたことを取り組み
神様に栄光を帰しながら、がんばってまいります^^

それが一番の、最高の幸せですから。

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東京都民。カホンを叩いたりイラスト描いたりして過ごしています。セツリの味を多様にお伝えしています♪麦わらさん専用LINEも作ってみました。(友達追加が必要です)お問い合わせ・感想はLINEでもどうぞ![プロフィール詳細はこちら]