ミコトバ

人は誰がどこに使うかにかかっている【摂理の御言葉より】


鄭明析先生から聞いた御言葉の中でも心に残っている御言葉があります。

それが
人は誰がどこに使うかにかかっている」という御言葉です。

価値があるように接する方

例えば
新しいタオルも卑しく使われたら
雑巾として使われます

また、
人間も卑しく使ったら卑しく使われ
貴重に使ったら貴重に使われます

こういう話を聞くと、戦争中、多くの人が奴隷となり乞食として扱われホロコーストなど人間を人間と思わない恐ろしい事件がたくさんありましたがそういう話を思い出します。

先生は人間の価値を
最高に上げてくださる方です。

かくゆう私も、私という価値を上げてもらいました。
認めてくれて、愛してくれて、生きるようにしてくださいました。

生きる意味なんてあるのか?て思うことありませんでしたか。
私は酔っ払ってよりかかり、どしゃをまき、道端でひっくり返っている人を見ると
とても悲しくなります。なぜなら神様はその1人の価値を最高にご存知だから、あのように生活している姿を見ると自分が数億の壺なのにも関わらず、ゴミ箱として使うからもどかしくて悲しいのです。

神様ほど人間の価値を知っている存在はいません。
みんな自分の価値が分かればそのような生活をしないでしょう。
分からないから、価値のない自分だと思って
価値なく生きるようになるのです。

私は御言葉によって
自分の価値を回復しました。

神様の愛が本当に分かったから自分の尊さが分かるようになりました。
だから私は自分の体を気軽に誰かに渡したりしません
健康も顧みてあげながら大事に作らなければいけない、と思って生活しています。
大変化です。
そして自分をそのように大事に愛することができてこそ、違う誰かをもっと愛することができるようになり、価値を見つけてあげることができます。

鄭明析先生は私をこのように変えてくださいました。
神様の御言葉によって。
ただ感謝感激いたします(*^_^*)

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麦わら
東京都民。児童館で働く傍ら社会問題を勉強しながら作品「オヤビンとコブン」を書いています。子育て支援員。保育士や子育て教育支援カウンセラーを勉強中。お問い合わせ・感想はLINEでもどうぞ![プロフィール詳細はこちら]